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東京地方裁判所 平成2年(む)273号 決定 1990年6月13日

主文

本件準抗告を棄却する。

理由

一  本件準抗告の申立ての趣旨及び理由は、本件準抗告申立書及び準抗告追加理由書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

申立人の主張は、要するに、

(1) 報道の自由を確保するための取材の自由は、報道機関にとって最も重要であり、特に、取材によって得られた事実を報道目的以外に使用しないという報道機関の自主的判断が尊重されることは、当該取材行為の保障として重要であるばかりでなく、将来にわたって報道機関が行う取材に関して、広く国民一般の信頼を担保する為に不可欠であり、取材の結果得られた情報の中に犯罪の嫌疑がある事実に関する内容が含まれていた場合でも、報道機関である申立人はこれを本来の目的である報道以外に使用することを拒否することができ、憲法二一条により保障されている報道・取材の自由を、とりわけ刑事裁判において起訴決定権限を有しない司法警察員の差押処分によって侵害することは明白な憲法違反であり、許されない、

(2) 仮に、取材の自由が適正迅速な捜査のためにある程度の制約を受けることがあるとして、博多駅事件及び日本テレビ事件で最高裁が示した具体的判断基準に沿って検討しても、本件の被疑事実は暴力行為等処罰に関する法律違反、傷害の各事実であって、右先例の事案に比して犯罪の性質、態様としての特異性が認められず、また、本件ビデオテープを右被疑事実の証拠として使用する必要はなく、他方、右テープは未放映部分が大半であるマザーテープであり、これを押収されることによって報道機関の報道の自由が妨げられる程度及び将来の取材の自由が受ける影響は重大であって、本件差押処分は、適正迅速な捜査の必要のために報道・取材の自由を制限しうる場合に当たらない、

(3) さらに、本件ビデオテープは、二九巻・約九時間にわたる大量のものであるが、特に、別紙目録番号1番ないし14番、同19番ないし29番の合計二五巻は、本件被疑事実と無関係で、差押の必要性はなく、令状主義を宣明する憲法三五条、刑事訴訟法二一八条、及び、同法二二二条で準用する同法九九条に違反する。

よって、本件差押処分はただちに取り消されるべきである、というのである。

二  一件記録によれば、警視庁高輪警察署派遣警視庁刑事部捜査第四課司法警察員は、平成二年五月一六日、甲に対する暴力行為等処罰に関する法律違反、傷害被疑事件に関し、東京簡易裁判所裁判官の発した差押許可状に基づき、申立人本社内において、別紙目録記載のビデオテープ二九巻を差し押さえたことが認められる。

三  まず、別紙目録記載の本件差押処分に係るビデオテープにのうち、同目録番号1番ないし11番、13番、14番、19番ないし29番の二四巻は平成二年五月三〇日、同12番の一巻は同年六月六日、それぞれ申立人に還付されていることが記録上明らかである。したがって、本件差押処分の取消しを求める申立てのうち、右合計二五巻のビデオテープに関するものは、その申立ての利益を欠き不適法というべきである。

四  そこで、その余の別紙目録番号15番ないし18番の四巻のビデオテープの差押処分について判断する。

たしかに報道機関の報道は、民主主義社会において、国民が国政に関与するにつき重要な判断の資料を提供し、国民の「知る権利」に奉仕するものであって、表現の自由を保障した憲法二一条の保障の下にあり、したがって報道のための取材の自由もまた憲法二一条の趣旨に照らし、十分尊重されるべきものである。しかしながら他方、取材の自由も何らの制約をも受けないものではなく、国家の基本的要請である公正な刑事裁判を実現するための不可欠な前提である適正迅速な捜査のためにある程度の制約をうけることのあることもやむを得ないものというべきであり、本件のような司法警察員の請求によって発付された裁判官の差押許可状に基づき司法警察員が行った差押処分に関する事案においても、同様であるといわなければならない。そして、この場合差押の可否を決するに当たっては、捜査の対象である犯罪の性質、内容、軽重等及び差し押さえるべき取材結果の証拠としての価値、ひいては適正迅速な捜査を遂げるための必要性と、取材結果を証拠として押収されることによって報道機関の報道の自由が妨げられる程度及び将来の取材の自由が受ける影響その他諸般の事情を比較衡量すべきである(最高裁昭和六三年し第一一六号平成元年一月三〇日第二小法廷決定・刑集四三巻一号一九頁。なお、いわゆる博多駅事件決定・最高裁昭和四四年し第六八号同年一一月二六日大法廷決定・刑集二三巻一一号一四九〇頁参照)。

五  これを本件についてみるに、一件記録によれば、本件差押処分は、的屋極東関口一家系列の榎本組組長である被疑者甲に対する暴力行為等処罰に関する法律違反及び傷害被疑事件の捜査の一環として行われたものである。同事件の被疑事実の要旨は、右被疑者が、被害者から債権の回収を図るため、同組組員らと共謀の上、平成二年二月七日早朝から午後三時三〇分ころまでの長時間にわたり、被害者方及び同組事務所において、被害者に対し一連の脅迫、暴行を加えた上、被害者に加療一か月を要する重傷を与えたというものであって、暴力団組長以下多数の組員によって組織的、計画的に敢行された人の生命・身体に直接かかわる重大な事犯である。

同事件の捜査は、平成二年三月二〇日申立人が放映したテレビ番組「ギミア・ぶれいく」内の「潜入ヤクザ二四時-巨大組織の舞台裏」と称する部分の債権取立てシーンで、被疑者らの被害者に対する脅迫場面等が写し出されたことを端緒として開始され、被害者からの事情聴取・被害届の受理を経て、同年五月上旬、強制捜査が開始され、被疑者を含む暴力団組員が順次逮捕・勾留され、同時に関係箇所からの捜査差押等がなされた。

ところで同事件は、暴力団組事務所という密室を中心として行われた事件であって、事案の性質上、被疑事実の存否、内容等の解明は、その場に同席した被疑者のほか、共犯者及び被害者を含む関係人の供述に負う部分が大であるところ、本件差押前の段階においては、被疑者は、共謀及び具体的な脅迫、暴行行為の大部分について否認しており、また共犯者及び関係人は多数にのぼり、それぞれの供述にくい違いがあったほか、事件からすでに日時が経過して記憶が曖昧な部分もあること、事案の性質上、被害者や共犯者である暴力団組員らの供述は被疑者との関係で被影響性が高く、客観的裏付けのない右供述だけに頼ることには危険が伴うこと、また、本件差押処分にかかるビデオテープの撮影に関与した者らの捜査への協力が必ずしも十分には得られなかったこともあり、脅迫、暴行を加えた者の特定、その順序、態様などの一連の被疑事実の重要な部分の事実確定上の疑問が残り、さらに的確な証拠資料を収集して右事実を確定することが困難な状況にあった。

一方、本件差押処分に係るビデオテープのうち、平成二年二月七日撮影された前記四巻のビデオテープには、前記被疑事実自体を直接裏付ける当日の脅迫・暴行ないし債権回収を迫る被疑者及び共犯者らと被害者との間のやりとりが、生々しく収録されており、一連の事態の推移をありのままに撮影した右ビデオテープは、右被疑事実の存否、内容等を確定する上での最良の証拠というべきであって、証拠上まことに重要な価値を有しており、また、前記の捜査機関の採証状況に照らせば、事件の全容を解明し、犯罪の成否を判断する上で、ほとんど不可欠のものであったと認められる。

また、右四巻のビデオテープがすべて原本のいわゆるマザーテープであるとしても、申立人側において、本件差押以前に放映のための編集を既に終了し、同年三月二〇日夜には、各巻のそれぞれ一部分を放映しているのであって、申立人が被る不利益は、右ビデオテープの放映が不可能となり報道の機会が奪われるという不利益はなく、将来の取材の自由が妨げられるおそれがあるという不利益にとどまる。

以上、本件差押処分に至るまでの間における捜査機関の状況及び一件記録上窺われる報道機関との事前折衝その他諸般の事情を総合すると、報道機関の報道の自由、取材の自由が十分にこれを尊重するべきものであるとしても、前記不利益は、適正迅速な捜査を遂げるためになお忍受されなければならないというべきであり、右四巻のビデオテープに関する本件差押処分は、やむを得ないものと認められる。

六  以上のとおり、別紙目録番号1番ないし14番、19番ないし29番の二五巻のビデオテープに関する差押処分についての本件申立ては不適法であり、また、別紙目録番号15番ないし18番の四巻のビデオテープに関する差押処分は違憲・違法なものではなく、申立人の主張はいずれも理由がないので、刑事訴訟法四三二条、四二六条一項により、本件準抗告を棄却することとする。

よって、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 平谷正弘 裁判官 稻葉一人 裁判官 田村政喜)

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